2013年8月27日火曜日

マッチレビュー ベンフィカ×ジル・ヴィセンテ


この試合以上に「ドラマチック」と呼べる試合は過去何度あっただろうか?

そう考えさせた試合とは8月25日、エスタディオ・ダ・ルスで行われたポルトガルはリーガ・ゾン・サグレス第2節、ベンフィカ対ジル・ヴィセンテ。



当然この試合は昨シーズン2位で終えたベンフィカと13位で終えたヴィセンテの試合ということもあり、ベンフィカが圧倒すると考えていた人が多数いただろう。

しかしベンフィカは前節の開幕戦、格下のマリティモに1-2とまさかの敗戦。誰もが予想していなかった結果だった。それもそのはず、昨シーズンベンフィカがリーグ戦で喫した敗戦は、ドラガォンでのポルト戦だけだったのだから。

一方のヴィセンテは、開幕戦でアカデミカ・コインブラを迎えたホームゲームを2-0の勝利で終え、最高のスタートを切っていた。

もしかしたら・・・
そんなことをヴィセンテのイレブンと監督のパウロ・アウベスは考えていたかもしれない。



この日、ルスは閑散としていた。65000人以上を収容するこのスタジアムは、ホーム開幕戦にも関わらず3/4が埋まっていたかどうか怪しいぐらいに。国内に600万人を超えるといわれるファンの数を抱えているのに。



ちなみにこの試合はジェズス監督との確執でベンチ外、移籍確実と言われているエース、オスカール・カルドソと、オリンピアコスからベンフィカに新たに加わるセルビア人MF、リュボミール・フェイサがスタンドから戦況を見守る。


そんな中キックオフ。

序盤から試合の主導権を握るのはベンフィカ。60%を超えるボール支配率でヴィセンテゴールに襲い掛かる。

しかし、得点に結びつかない。

17分、リマのシュートはヴィセンテのキーパー、アドリアーノ・ファチーニがセーブ。

29分、リマが肩でトラップしてシュート。ゴールかと思いきや判定はまさかのハンド。

41分、サルビオが至近距離から放った左足でのフリーキックは惜しくもポスト。

43分、44分にもリマが決定機を迎えるが、昨シーズン20ゴールを挙げたストライカーはこれをものにできない。

ヴィセンテにもチャンスシーンはあった。
39分、ロングカウンター発動。元ベンフィカのルイス・マルティンスがドリブルで持ち込むとそのままシュート。これはアルトゥールに防がれるが、可能性を感じるシーンだった。


前半終了。散々ヴィセンテゴールを脅かしたベンフィカだったが、結局スコアレス。

引いて守ってロングカウンターを試みるヴィセンテの作戦はここまで成功している。




「ドラマチック」な展開はもちろんこの後、後半に起きた。




後半が始まってもベンフィカペースでゲームは進んでいく。

ジュリチッチ、スレイマニ、そしてマルコビッチというセルビア人トリオを投入して更に得点を狙っていくベンフィカ。

66分、ガライが上げたクロスはロドリゴへ。しかし彼がヘディングで放ったシュートはバーに弾かれる。

ベンフィカが先制点を叩き出すのは時間の問題と思われていた。



しかし、ここでまさかのことが起きる。

77分、ヴィセンテはロングボールで前線のジオゴ・ヴィアーナへ。このボールを難なく処理しようとしたのはマキシ・ペレイラ。しかし、ここでマキシがゴールの方向へ大きくトラップミス。これを見逃さなかったヴィアーナが快足を飛ばしてマキシを抜き去りボールを奪うと、そのままアルトゥールとの1対1。かつてVVVフェンロに在籍していたウィンガーは冷静に左足でシュート。



ゴール


まさかのヴィセンテ先制。
このクラブ名の由来は16世紀の劇作家でポルトガル劇作の父、ジル・ヴィセンテの名であるが、彼は21世紀のまさにこの時、自身の名前を象ったこのクラブが主役の劇を作ったというのか。

スタジアムにわずかながら駆けつけていたヴィセンテファンの一角だけが盛り上がり、ベンフィカファンは皆静まり返る。

本当に”まさかの”出来事だった。



ベンフィカのキックオフでゲーム再開。今まで数多くのチャンスを生かすことができなかったベンフィカの選手たちは、さすがに焦ったのか猛攻を仕掛ける。

しかし、90分を迎えた時のスコアは0-1。アディショナルタイムを残してヴィセンテがリードを守っていた。

アディショナルタイムは4分。ジャイアント・キリング達成までのカウントダウンが始まる。



ただ、劇作家ジル・ヴィセンテはこの後、とんでもないラストシーンを用意していた。




アディショナルタイム2分、ベンフィカにチャンスが訪れる。

バイタルエリア付近でジュリチッチがボールを貰う。この時、前線に上がっていたキャプテンのルイザォンにはマークが2人しっかりと付いていた。しかし、ペナルティエリア付近にいたラザール・マルコビッチへのマークが付ききっていなかった。迷わずジュリチッチは同郷の後輩へ鋭いパスを送る。パルチザンからやってきた19歳の新星はここで慌てなかった。落ち着いてワントラップからお手本のようなシュート。




ゴール


ベンフィカが土壇場で同点に追いつく。遂に”眠れる鷲”が目を覚ました。

ベンフィカファンに活気が戻る。この時、ピッチに立つベンフィカイレブンと、ルスに来ていたベンフィカファンの気持ちは一緒だった。「逆転するぞ」

残りは1分半程度。ゴールセレブレーションを最小限に留め、急いで自陣に戻る。


それが功を奏したのかもしれない。

アディショナルタイム3分、マルコビッチのゴールからわずか1分後のことだ。

ペナルティエリアには4人のベンフィカの選手、それに対して気持ちが切れてしまったのか、ヴィセンテのディフェンダーの数は3人。ボールを持っていたのはスレイマニ。かつて持ち味のスピードを生かしオランダで旋風を巻き起こしたものの、ここ数シーズンはアヤックスで挫折を繰り返していた24歳のウィンガーは、効き足の左足で数的有利なペナルティエリアにアーリークロス。これが最高のボールだった。見事な軌道を描いいたクロスはエース、リマの頭へ。




ゴール


あっという間の出来事だった。なんとベンフィカがわずか1分で逆転に成功してしまったのだ。

ルスのボルテージは最高潮。つい2分前まで黙り込んでいたファンに笑顔が戻る。選手はベンチメンバーも含め皆リマの元に駆け寄る。59歳のポルトガル人指揮官も少し遅れて輪の中へ。




ジル・ヴィセンテは自身の名前を象ったチームにとっての悲劇を用意していた。まるでシェークスピアの様に。


そのまま試合終了。2-1でベンフィカの勝利。ベンフィカは次節のリスボン・ダービーを前に最高の結果を得ることができた。

ジェズスは昨シーズン終盤からの不調により解任の2文字がチラつく中で何とか勝利を得た。マルコビッチとリマのゴールが無ければ今頃どうなっていたことやら。


一方のヴィセンテは最後の最後に3ポイントが0ポイントになってしまったが、ベンフィカ相手にルスでこれだけのサッカーをすることが出来たのだから、これからのシーズンが期待できると言っていい。




この試合後、ベンフィカファンはリスボン市内で勝利の宴を挙げ、ヴィセンテファンは足早に北のバルセロスへと帰ったのだろう。


筆者もこのゲームをフルで見て、夜中の3時過ぎに思わず歓声を上げてしまった。それほどに素晴らしいゲームだった。

今年もポルトガルサッカーを見る価値は十分にありそうだ。
















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