2014年5月26日月曜日

欧州サッカー特集⑥ 栄光への階段を進み始めた「レッドブルの町」

ザルツブルク

オーストリア北西部にあるその町は、豊かな自然に囲まれ、今もなお中世の雰囲気を漂わせている世界遺産の町だ。ザルツブルク出身の著名人には、世界中誰もが知る天才音楽家モーツァルト、20世紀のクラシック界を支えた「楽団の帝王」として知られるヘルベルト・フォン・カラヤン、そして「ドップラー効果」でおなじみのクリスチャン・ドップラーがいる。

そんなザルツブルクは今、あの大手飲料メーカー「レッドブル」の町でもある。ザルツブルク国際空港に隣接する「レッドブル・ハンガー7」という巨大なミュージアムは、レッドブル社長のディートリッヒ・マテシッツ氏が設計から完成に4年を費やした、すべての芸術を融合させた現代のザルツブルクを象徴するような施設だ。

そんなザルツブルクに、今回紹介するチームがある。それこそがレッドブル・ザルツブルク。日本ではあの宮本恒靖や三都主アレサンドロが在籍していたクラブということでご存知の方も多いかもしれない。



そして、このチームは現在欧州中の注目を浴びている。リーグ独走はもちろん、今年初めに行われたプレシーズンマッチではあの欧州チャンピオンであるバイエルン相手に3-0の圧勝、そして残念ながらベスト16でバーゼルに敗れたものの、ヨーロッパリーグではグループステージ6戦全勝、決勝トーナメント1回戦ではアヤックス相手に2戦合計で6-1と内容でも結果でも圧倒したからだ。

このクラブの歴史は深く、1933年まで遡る。当時は「SVアウストリア・ザルツブルク」というクラブ名で戦っていた。クラブ発足後しばらくは目立った成績を残せず、2部への降格も数度経験したが、1990年代、特に1993-94シーズンにはチーム初のオーストリア・ブンデスリーガと国内カップ戦で優勝、UEFAカップ(当時)の決勝に進出するといった黄金期を迎えた。しかし1998年以降チームは低迷し、2005年にレッドブル社がチームを買収、「レッドブル・ザルツブルク」というチーム名に生まれ変わった。チーム買収の際には、レッドブルがチームカラーなどの伝統を守っていないとして、一部のサポーターにより「SVアウストリア・ザルツブルク」の名で新たなチームが発足するといったトラブルもあった(現在も存在している)。レッドブルの買収後、2005年からドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンと提携を結び、バイエルンの選手が次々とチームに加入。2006年には監督にジョバンニ・トラパットーニ、コーチにローター・マテウスを迎え、選手の補強を積極的に行い(宮本や三都主もその1人)、2006-07シーズンに10年ぶりのリーグ優勝、その後もチームは常にリーグの最終順位で3位以下に落ちることなく、黄金期の再現が成されているといっていい。

現在のクラブを率いるのはドイツ人のロジャー・シュミット。現役時代からドイツの下部リーグを渡り歩き、なんと自動車部品メーカーでエンジニアとして働いていた経歴も持つ。そんな彼が監督として注目を浴びたのは11-12シーズン。当時ブンデスリーガ2部において降格候補とされていたSCパダーボーンの監督に就任したシュミットは、リーグの中でもとりわけ少ない予算の中、見事リーグ5位でフィニッシュ。これがザルツブルク首脳陣の目に留まり2012年7月、レッドブル・ザルツブルクの監督に就任した。就任1年目はザルツブルクと肩を並べる強豪であるFKアウストリア・ウィーンに優勝を明け渡したが、今季は2位以下を大きく引き離し、8節を残し6回目のリーグ優勝を決めた。

現在のチームを作っているのはシュミットだけではない。シュミットの監督就任と同時にラルフ・ラングニック、ジェラール・ウリエの2人がそれぞれSDとGSD(グローバル・スポーツ・ディレクター)に就任している。チーム体制では他の欧州の強豪クラブに引けを取らない。

では、ここでザルツブルクのチームについて見て行こう。このチームの戦術は基本的に4-2-2-2の形を取る。以下のような形だ。


この中でも特に目立つのがアラン、ソリアーノ、マネ、カンプルという前線の4人。今季はチーム全体のリーグ得点数が実に110に上った。この110という数字がいかに圧倒的かというと、リーグ2位の得点数を誇ったラピド・ウィーンで63である。オーストリア・ブンデスリーガは年間36試合が行われるため、1試合平均のゴール数は3を上回るのだ。

これほどのゴールを量産しているのには、もちろん理由がある。ドルトムントのサッカーを思い出して欲しい。彼らはいわゆる“ゲーゲンプレッシング”を仕掛け、高い位置からのショートカウンターを持ち味とするが、ザルツブルクの戦術もドルトムントのこのスタイルに近い。ボールを奪われたらそれが相手のディフェンスラインでのボール回しであろうが何だろうが、とにかくリトリートすることなく前線の4人が全速力でプレスをかけに行く。バイエルンとの親善試合ではソリアーノと、この日アランに代わって先発出場していたロベルト・ズリの積極的なプレスに対して、バイエルンのセンターバック、特にダンテは苦労を強いられていた。またカンプルは、右サイドだけでなく、中央のエリアにもプレスをかけに積極的に移動していた。バイエルン戦ではボールを奪うと一気に縦に長く、速いボールをスピードのあるマネに送り得点やPK獲得に繋げていたが、これは攻守の切り替えがとても速いバイエルン相手にとても効果的だったといのえる。もちろん相手によってショートカウンターの方法は変化するが、どの場合においてもカンプルが起点になったり、ラストパサーになったりすることが多々見受けられる。ケヴィン・カンプルという若干23歳のスロベニア代表プレーヤーはチームに献身的であり、核となっているのである。

ケヴィン・カンプル


さて、そんなザルツブルクだが、来季はそう簡単に今季以上の成績を残すことはできないだろう。なぜならロジャー・シュミット監督がドイツの強豪、バイヤー・レヴァークーゼンの監督に就任するからだ。さらに、左サイドバックとしておよそ5年チームを支えてきたドゥシャン・シュベントがドイツのケルンに移籍することも決定している。この他にも、エースのソリアーノやカンプルにもイングランド方面からの興味が噂されており、大きな戦力ダウンとなる可能性もある。

ザルツブルクはシュミットの後任として、選手としてはザルツブルクで1990年代の黄金期を支え、監督としては予算規模がとても小さいグレディグというクラブを率い、就任1年目でチームを1部に昇格させ、2年目の今季はリーグ3位に躍進させた44歳のアディ・ヒュッター監督の就任を発表した。もちろん国内リーグの優勝候補の最右翼ではあるが、欧州の舞台では来季もCLの予選から参加する。プレーオフまで勝ち進むと各国の強豪を相手にすることになるが、果たして本選出場は叶うだろうか。

来季もまた欧州で名を轟かせてくれることを期待している。